高次脳機能障害
今週(7/14)と来週(7/21)は、高次脳機能障害を扱います。動画でご覧になる方は下記のYoutubeを、文章で読みたい方はその下をお読みください(内容は一緒です)。この授業は、各自高次脳機能障害に関する論文を読んで、レポートとしてまとめて提出することで終了とします。課題はこのページの最下部に指定されておりますので、それに従ってレポートを作成&提出してください。
高次脳機能障害(higher brain dysfunction)とは
脳損傷に伴う認知行動障害をあらわす包括的な呼称であり、大脳の器質的病因に伴い、失語・失行・失認に代表される比較的局在の明確な大脳の巣症状、注意障害や記憶障害などの欠落症状、判断・問題解決能力の障害、情緒や社会的行動の障害などを呈する状態像。高齢化が進む現在、全国に約50万人いるとされ、いまや高次脳機能障害についての知識は心理系資格取得を目指す者には必須であると言える。生理心理学との関係では、各障害の背景となる脳の部位や機能について理解を深める事が大切である。
原因疾患として最も多いのは、脳血管障害(くも膜下出血含む)と頭部外傷である。脳血管障害は高齢者に多く、頭部外傷は若者に多い。その他、脳炎、脳腫瘍、無酸素脳症などの病因がある。
働き盛りの患者が脳血管障害や頭部外傷で働けなくなった場合、心理士は医師、理学療法士、作業療法士などと連携して働く必要が出てくる。神経心理学的検査を担当するとともに、高次脳機能障害を持つ人の心の問題によりそう事が重要になる。
このページは長く情報量も多いので、高次脳機能障害の症状についててっとり早く知りたい場合は、西多摩高次脳機能障害支援センターのページ(各症状がマンガと文で紹介されている)や、医療法人財団慈強会松山リハビリテーション病院のページ、POSTなどをご覧になるとよい。また、脳部位の機能が知りたい場合は、難病 パーキンソン病患者と共に生きるなどのページが役に立つ。
注意障害
注意とは,外的事象(環境刺激)や内的表象(考えや記憶)のなかで,最も重要なものを選択し,脳の処理資源をふりわける機能である。障害すると,他の認知機能の制御や変調となって現れる。Sohlbergら(2001)は,注意の特性を5つのコンポーネントに分け,下層の機能は上層の機能が正常に働くための基礎になるとした。つまり注意の機能には、段階があると言える。
一方、Posner(1990)は注意を3つの機能に分け説明した。Alerting(警告)」は周囲を警戒し,機敏に反映する状態を維持するもので,視床,皮質前方および後方領域が関係する。「Orienting(定位)」は感覚情報から必要なものを選び出し,空間の特定の方向や領域へ意識を向ける機能で,頭頂葉,前頭葉眼球運動部が関与する。「Executive Control(実行制御)」は情報処理どうしの競合を解消する機能であり,帯状回前部を中心とした領域が関与している。
注意障害を理解するうえで、知っておくべきキーワードがワーキングメモリと展望記憶である。
ワーキングメモリは、なにかの認知課題をしながら,頭の片隅に処理可能な状態で記憶にとどめておく能力であり,ながら記憶に相当する。ワーキングメモリ容量は注意課題の成績に関係するため,ワーキングアテンションとも言われる。このワーキングメモリの検査がしばしば障害の程度の判定に用いられる。
展望記憶は、未来に行うことを意図した行為の記憶。日常生活における記憶の失敗の大半は,展望記憶に関連するものであると言われる。日常生活では「~し忘れる」という形で現れる。こちらも障害の程度を判断する際に、広く用いられる。
記憶障害(健忘症)
健忘症は,脳障害により新しいことが覚えられない,あるいは覚えていたことを思い出せなくなる事を特徴としている。作話や見当識障害などの症状を伴うことも少なくない。
記憶は、記銘・保持・取り出しの3過程から構成され、健忘症はこれらのいずれかの障害により生じる。発症時を基準として,古い記憶の障害を逆向性健忘,新しい記憶の障害を前向性健忘という。
側頭葉内側部(海馬)が傷害されると、重度の前向性健忘が生じる。間脳(視床)は脳の中心部にあり、コルサコフ症候群の責任病巣である。前脳基底部は、前頭葉眼窩面にありくも膜下出血で損傷を受けやすい。
健忘症に頻発する併存症候は、作話、見当識障害、病識低下である。作話は、記憶の欠落を埋め合わせようとする働きによって,結果として嘘を言ってしまう症候。本人の意図なく行われる。健忘症患者に最もよく認められる症状である。見当識障害は、時間や場所についての誤った認識を指す。人についての誤った認識をさすこともある。病識低下は、自分の記憶障害に対する自覚や洞察力の低下を指す。多くの患者は,自身の健忘を自覚しない。
関連する疾患として有名なのが、コルサコフ症候群であり、長期記憶の前向性健忘と見当識の障害を伴う逆向性健忘が同時に起こる。健忘に対し、作話でつじつまを合わせようとすることも特徴である。思考や会話能力などの知的能力に、目立った低下は見られず、健忘症の典型とされる。
遂行機能障害
遂行機能障害は目的のある行動を効果的に行えない事を特徴としている。自ら行動を開始しない、障害に気づいていないこともあり、就労に際して大きな障壁となる。遂行機能は、家事・料理・買い物・仕事・外出・旅行など日常生活のあらゆる場面で必要となり、問題解決に用いられる認知能力のことである。
(1)意思あるいは目標の設定
状況や環境を把握し,目標を明確にし,目標を維持する能力。
(2)計画の立案
問題解決に必要な手段・技能・材料・人物などを想起,解決のためのアイデアを発案する生成的思考,認知的柔軟性が必要。それらを評価して取捨選択,構成する能力。
(3)目的のある行動もしくは計画の実行
一連の行動を,正しい順序で適切な時に開始し,維持し,中止する能力。計画の内容を維持するにはワーキングメモリが,適切なタイミングで開始するには展望記憶が必要。
(4)効果的に行動する
自分が何をしているのか,自分の行動が計画どおりに行われているのかを監視し,必要に応じて自分の行動を修正するアウェアネス・セルフモニタリングの能力
遂行機能には前頭葉が大きく関与している。
前頭葉内側領域・・・ 発動性と動機づけ
眼窩部・副内側部・・・ 反応抑制に関わり損傷すると衝動性亢進,不適切な情動反応が生じる。
背側円蓋部・・・ 行動や思考の整理,順序化,時間調節行動
前頭葉傍矢状領域・・・ 創造性,流暢性,認知柔軟性,問題解決スキル
失語症
大脳の後天性損傷による言語機能の障害のこと。言語機能には、聴覚的理解、読解、発話、書字など様々あり、失われる機能の種類に応じて,様々なタイプの失語に分類される。
古くから言語野と知られている部位には、ブローカ野とウェルニッケ野がある。それぞれが病因となって生じる失語は、ブローカ失語、ウェルニッケ失語と呼ばれる。ブローカ失語は、単語レベルでの理解は良好だが、非流暢で発話量が減少し、句の長さが短くなる。発話速度の低下やアクセントの平板化などによりたどたどしい話し方になる。ウェルニッケ失語は、単語レベルの理解も難しい比較的重度の理解障害を呈する。発話は流暢だが、様々な種類の錯語や新造語を含み、ジャルゴン(全く意味不明な発話)となることもある。
失行・失認
失行とは、その運動・行為を行うために必要な運動機能が保存され,何をするのかもわかっているし,それに必要な対象も認知できているのにもかかわらず,目的とする運動・行為ができないことである。
Liepmannによれば、人の行為は,行為のアイデア(観念)を想起し,それを運動に関する記憶痕跡(運動エングラム)につなげ,最終的に筋肉を動かして運動する3つの心理過程に分けられるという。失行は、肢節運動失行は運動エングラムの障害、観念性運動失行は観念とエングラムの橋渡しの障害、観念性失行は行為のもととなる観念の障害に分類され、Liepmannの古典的失行3類型と呼ばれる。
失認とは、視覚・聴覚・体性感覚などの感覚は保存され、知覚しているが、それを意味と結びつけて出力する過程に障害が生じた状態。視覚、聴覚、触覚性失認がある。見えているのに、聞こえているのに、触っているのにわからない状態である。他の感覚を使えば、それが何であるのか即座にわかるのが特徴。
社会的行動障害・情動障害
前頭葉障害・大脳辺縁系の機能障害により,感情・欲求コントロールの低下,固執性,対人技能の拙劣,意欲の低下,依存や退行などの症状が生じるもの。その他,記憶障害や注意障害,遂行機能障害による不適応が困惑,孤立,不安につながり社会的行動障害につながる。社会的行動障害・情緒障害として一般的な症候を下記に示す。
情動障害に関連する脳部位としては、Papez回路・Yakovlev回路という扁桃体を中心とした回路があげられる。これらは、情動や感情に関係する神経ネットワークとして知られている。嬉しい,楽しい,悲しいのような情動に関する記憶は,記憶にのこりやすい。海馬と扁桃体は近隣部位で,ふたつの回路が相互作用することで,感情的な記憶が生じると考えられている。
高次脳機能障害に関するレポートの作成
高次脳機能障害を扱った書籍もしくは論文(できれば複数)を読み、2000~3000字程度のレポートを作成してください。その際、上記の6障害+認知症のうち、興味のある1~2の障害に関し、自分なりに掘り下げ、学習の機会にしてください。レポートの内容は、1)読んだ文献の概要説明、2)感想(自分なりの理解、今後高次脳機能障害者とどのように接するべきか等)としてください。ワード形式で、ファイル名を「高次脳機能障害レポート」という名前で作成し、この授業に対するリアクションと一緒に、下記リンクの「課題ファイル」から、7月末日までに送ってください。
生理心理学特殊研究リアクション